ベトナム料理の道へ
ベトナム現地でのパワフルで、そしてなぜか懐かしい、食に感動し、同居人がつくってくれる現地風家庭料理で癒され、ベトナム料理に惚れ込んだ私でした。
お腹はあまり強い方ではないのに、向こうに行くと沢山食べたくなるし、元気になる・・・。
雑貨を売っているうちに、デパートの催事の話しを頂くようになった。そして、
家具や雑貨を売っているうちに、一部をカフェでやってみたら?ということに繋がってきた。
また、はじめて、Majesticホテルの朝食で飲んだコーヒーの味が、いつまでも忘れられずに、同じものを仕入れて販売、提供するようになったり・・(売れなかったけど・・・)
そのうち、趣味であった食と、仕事がリンクするようになってきた。
そして、そのつながりの、極めつけは・・・
お友達の店に通うようになって、「うちの、社長だよ」と紹介してもらった、タイ料理他チェーンのW社長との出会いだ。
アジア料理を愛する純粋な姿勢に触れ、私もどんどんこの世界に入り込んで行った。
このお友達は、雑貨も一時期本職として手伝ってくれた。社長とも出会わせてくれた。
今は、一児の母。子育て中です。
会社は前章のように、直属の上司の応援も受けながら、退職した訳なのだが、当時から、私が何かやりたい、という思いに反応して応援して下さったのがコンサルタントのI社長だ。
W社長が、飲食世界の先生なら、Iさんは、ビジネスのコーチだ。私も結構熱いので、議論がときどき白熱して、申し訳ないと思っているのだが・・Iさんがいなかったら、P4に辿り着かなかった。W社長、S社の皆さんがいなかったら、この道に来れていなかった。
そして、この仕事を、続けてきたのは、周りにいる会社のメンバーがいるから。
こんな会社いらないと、社員や、社会に言われるまでは続けて行きたい。これが、P4(4つのP)の意味に込められており、私の理念でもあります。
ところで、もうお1方、メンターとして、忘れられないのは、食べることが大大好きで、体も人の3倍位大きかった、T島さん。
2007年、27歳の時から、今思うと一から仕事を教えてくれた。アイディアの天才!と言えば、T島さん、という人だった。多くの良店にも食事に連れて行って下さった。仕事も沢山させてくれた。(結構大変でした!!)
もし、まだ生きていらっしゃれば、どんな相談が出来たのだろう・・と時々想像する。
そして、私達の、ベトナム料理屋としてのスタートは、2003年、渋谷、ちとせ会館にあった、麺屋の集合体の1角から、はじまることになる。
















