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VOL.236 ヒエンルオン橋 Cầu Hiền Lương (クアンチ省)

release : category : ベトナム〜おいしい散歩〜

ドンホイからフエにもどる間に、ベンハイ川に架けられたヒエンルオン橋に立ち寄りました。
ベトナム北中部のクアンチ省です。

*前回からの旅のつづきです(⭐︎

 

©yukiko aoki

ベンハイ川(Sông Bến Hải)は、チュオンソン山脈を源流とし、東シナ海へと流れています。ヒエンルオン橋の架かる川幅は広く穏やかで風が吹くと海が近いことを感じます。空は高く時々車が通るくらいの時間が流れる地域です。

ベンハイ川両岸は、ヒエンルオン・ベンハイ国家特別遺跡(2001年)となっています。 2025年VOV5より

ヒエンルオン橋は南北分断の象徴でした。

 

©yukiko aoki

ヒエンルオン橋は、色は褪せていますが北側(手前)は青色、南側は黄色に塗られています。橋の中央に白い線が引かれています。

第一次インドシナ戦争の終結にむけて、スイスで和平会議がおこなわれ合意されたジュネーブ協定(1954年)により、ベトナムは北緯17度線で南北に一時的に分断されました。ベンハイ川沿いに暫定的な軍事境界線が設けられました。

その後、ジュネーブ協定で決められた南北統一のための選挙は実施されずに、ベトナム戦争へと展開していきました。

1954年からベトナム戦争が終結する1975年までの21年間にもおよぶ南北分断となりました。戦争が終わって51年が経ち、ヒエンルオン橋とベンハイ川両岸は、統一への道のりと平和を伝える史跡となっています。

 

ヒエンルオン橋は、地域の人々により1928年に建てられた歩行者用の木造の橋が原型になるそうです。フランスにより1952年に鉄筋コンクリート橋脚と木造デッキの新しい橋につくられました。

1967年に爆撃を受け破壊されますが、2002年に復元し、2003年5月18日に再開通しました。

 

©yukiko aoki

私は、ドンホイから訪ねたため元、北ベトナムからヒエンルオン橋に向かいました。

ベトナム戦争が終わり訪れる人々は、対岸の「統一への願い」記念像をのぞんでいます。北と南に分断された人々の悲しみと統一への思いが、私にも伝わってきました。

 

©yukiko aoki

建国の父 ホー・チ・ミン像。ヒエンルオン両岸歴史資料館にて。

 Miền Nam trong trái tim tôi

ホー・チ・ミン氏は北部の指導者ですが分断されていた時代に
南部は私の心の中にあると、語り
再び、ベトナム国家が統一されることを望んでいました。

 

©yukiko aoki

資料館には、当時のヒエンルオン橋の写真が展示されています。

モノクロームの写真は胸に重く響きました。ホーチミン戦争証跡博物館〜ハノイのベトナム軍事博物館でみてきた戦争の記録を思い出しました。

 

©yukiko aoki

ジュネーブ協定の署名をかわす写真の前で、案内をしてくれたフエの友人が、戦争をしないと言っていたのに戦争になってしまった…。と言いました。この言葉は忘れられないです。

 

©yukiko aoki

米軍のB52がベンハイ川上空を飛び、地上にバラバラと砲弾が落とされる光景。

 

©yukiko aoki

通信機器の展示や地上戦、地下トンネルの様子が写し出されています。戦場と化した村に人々の暮らしがあり、幼い子どもや赤ちゃんの写真が展示されています。

 

©yukiko aoki

最前線には女性戦士もいます。戦争の激しさはクアンチ省の小さな資料館からも伝えられています。

 

©yukiko aoki

ハノイの軍事博物館にも大きく展示されていた南北統一後の再会の写真です。ハノイでは姉妹の再会と書いてありました。

砲弾や爆弾類の展示へとつづいて、負傷した子どもたちの写真が展示してありました。痛々しいです。現在の国際情勢を思いながら、戦争は酷いことばかりです。いのちの尊厳と平和を祈ります。

 

 
参考:
ベトナムで渡る橋 ヒエンルオン橋
ttps://vietnam-sketch.com/20230211106524
ベトナムスケッチ

ジュネーブ休戦協定
https://www.y-history.net/appendix/wh1601-116.html
世界史の窓

 

フォトグラファー 青木由希子